海と生き物に惹かれた原点と、「水産で生きる」と決めた日
林の原点には、淡路島で船大工をしていた祖父の存在があります。幼いころから海と魚に囲まれ、「生き物と共に生きる」感覚が、ごく自然にしみ込んでいきました。
大学・大学院では水産学、とくに養殖を専門に選択。「この分野で一生やっていく」と腹をくくったのは、資源としての魚ではなく、「命を預かる仕事」だと気づいた瞬間だったといいます。
食卓に並ぶまでの長いプロセスを知るほどに、「おいしい」と笑う人の裏側で支える、見えない仕事の重要性を強く意識するようになりました。
世界最大級の飼料メーカーで学んだ、“裏側から支える”視点
新卒で飛び込んだのは、世界最大級の水産飼料メーカー。そこで林は、養殖業の最前線を“エサづくり”という裏側から支える役割を担いました。
現場の生産者と対話する中で痛感したのは、「いい魚をつくっても、出口がなければ続かない」という事実です。技術があっても、流通や価格、輸出のハードルで悩む声を、数えきれないほど聞いてきました。
「水産のサプライチェーン全体を理解しないと、本質的な解決にならない」。その気づきが、後のA.A.O passionの事業モデルの土台になっていきます。
水産流通ベンチャーで知ったスピード感と、既存の「常識」への疑問
次に身を置いたのは、水産流通のベンチャー企業。巨大な業界の中で、常識にとらわれないやり方で挑戦する現場は、林にとって大きな刺激でした。
産地から食卓までの距離をどう縮めるか、付加価値をどうつけるか。毎日が実験の連続であり、「5,500円の伊勢海老ラーメン」のような、相場に縛られない発想の源泉もここにあります。
一方で、「短期的な利益だけでは、本当に守りたい命や地域は守れないのでは」との違和感もふくらんでいきました。そのモヤモヤが、起業への火種になっていきます。
アフリカの現場で生まれた、「魚ではなく釣り方を伝える」という決意
ターニングポイントになったのが、アフリカで見た光景です。レアメタル採掘に従事し、危険な環境で命を落とす子どもたち。その背景には、「今日を生きるための選択肢が他にない」現実がありました。
林が感じたのは、「魚を届ける支援では、構造は変わらない」という限界です。必要なのは、現地で持続的に収入とタンパク源を生み出せる“仕組み”だと痛感しました。
そこで芽生えたのが、「魚を与えるのではなく、魚の釣り方=養殖技術とビジネスの仕組みを届けたい」という、今のビジョンにつながる強い想いです。
なぜ完全養殖にこだわるのか──「見えない部分」まで国産で
A.A.O passionと株式会社AB bankが目指す完全養殖は、「稚魚もエサも含めて、見えない部分まで国産で循環させる」モデルです。
これは単なる国産志向ではなく、
・外貨を稼ぎながら国内のタンパク源を確保すること
・温泉の排熱や工場の未利用熱など、地域資源を生かすこと
・養殖を起点に、雇用やインフラ整備を生み出すこと
を同時に実現するための手段です。
淡水で養殖できるオニテナガエビに注目しているのも、内陸の地域でも持続可能な仕組みをつくれるから。「水産で、地域と世界をつなぐ」現実的な解としてのこだわりです。
「100年後の教科書に載る」と宣言する理由
林は「100年後の教科書に載る会社になる」と公言しています。それは、知名度を求めているのではなく、「誰かの命を支えた企業」として歴史に残りたいからです。
養殖事業を通じて、発展途上国の教科書に「このモデルで地域が変わった」と書かれる未来。その具体的な絵を描き、そこから逆算して今の事業を組み立てています。
「お金を残すより、意味を残したい」。この考えが、食材の輸出入からラーメン店、民泊、抹茶体験カフェまで、一見バラバラに見える事業を一本の軸で結んでいます。
このビジョンに共鳴できるかを考える、3つの問い
この記事を読んでいるあなたに、林はこんな問いを投げかけています。
・自分は「何年後の、誰のため」に働きたいのか
・お金以外に、仕事で残したい「意味」は何か
・常識を疑ってでも実現したい、自分なりのこだわりは何か
これらに自分の言葉で答えてみることが、A.A.O passionのビジョンとあなたのキャリアが重なるかどうかを見極める、一番シンプルな自己分析になります。
「このビジョンを一緒に叶したい」と思えたかどうか。その感覚を、ぜひ大切にしてみてください。